夜啼鶯は愛を紡ぐ

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- 本販売日:
- 2018/07/13
- 電子書籍販売日:
- 2018/08/10
- ISBN:
- 978-4-8296-2650-4
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不器用な男たちの十年純愛
オペラ歌手を目指して海外留学した与那覇凛は、己の才能に絶望した時にエリアスと出会う。
貴族で実業家の彼は凛を一流のアーティストにし、2人は恋人となる。独特の倫理観を持つエリアスには恋人が複数いて、同性の伴侶までいる。
自分だけを愛してほしいが口にできない凛は、歌えなくなったらエリアスに捨てられると思い込み……。
不器用な男たちが繰り広げる十年に渡る純愛!!
冷たい風が目の前の湖から吹いてきて、身をすくめた。まだ秋に入ったばかりだが、この辺りはかなり冷える。冬はきっと、雪に閉ざされるだろう。対岸の木々が薄っすら色づいて、水面にもほんのりと赤や黄の色を落としていた。
ふと頭に音が浮かんで、声に出してみる。すでにある曲ではなく、ただぽっと浮かんだ音の羅列だ。
こうやって自分でメロディを作ることは、学生の頃からごく普通にやっていた。作曲と言うほどのことでもない。デビューしてからは様々なジャンルの音に触れるようになって、染みついていたクラシックの楽典から自由になると、頭に浮かぶメロディもバリエーションが出てきた。
それでいくつか、曲らしい形になったものもあるが、誰にも見せてはいない。どうせ、表に出ることのない曲だ。凛は今までもこれからも、計算された戦略のもと、ヒットを生み出すための歌を与えられるまま歌っていく。
聴衆に飽きられ、エリアスに捨てられるまでは。この生活が一生続くはずはないことはわかっていた。
エリアスと別れた後、自分がどうなるのかわからない。そこで死んでしまえば劇的な終幕になるのだろう。しかし現実にはそう簡単にはいかない。将来のことなど、あまり考えたくもなかった。
「リン!」
頭に浮かぶメロディをこねくり回して歌っていると、しばらくして、家の中から慌てたようにエリアスが出て来た。
「何をやってる、風邪を引くぞ。それに喉を悪くする」
怒ったように言いながら、持ってきたショールを巻いてくれた。
「思いついて、少し歌ってただけだよ」
「綺麗な旋律だが、今は喉を使うな。長丁場のツアーの直後なんだぞ。電話は終わったから、中に入りなさい」
凛は仕方ないといった顔で「わかったよ」と従ったが、内心ではくすぐったくて嬉しかった。エリアスは、凛の声に対しては母親のように過保護になる。商売道具だから、というのもあるが、歌声を気に入ってくれているからだろう。
「ねえ、エリアス。連れてきてくれてありがとう。俺、ここがすごく気に入った。素敵な場所だね」
「それはよかった。お前が好みそうな場所を探していたんだ」
「でも、すごくお金がかかったでしょう」
凛の自宅も、その前の家もエリアスが用意してくれたものだが、これは桁が違う。凛の言葉に、エリアスは小さく笑った。
「お前は、何も欲しがらないからな」
「そんなことないよ。欲しがる前にあなたが色々くれるからだよ」
恋人になってから、彼からたくさん贈り物をされた。誕生日などの特別な日だけでなく、ことあるごとにプレゼントをくれて、その上でまだ何が欲しいかと聞いてくる。そんなにいらないよ、と言ったら最初のうちは意味がわからないという顔をされた。
「本当は何が欲しいのかって、あなたに聞かれたっけ。付き合い始めの頃」
「ああ……悪かったな。もったいつけて、高いものをねだる気かと思ったんだ」
エリアスに当時の話を振ると、思い出したように笑った。彼にはいろいろな素性の恋人がいたけれど、デビッドのように上流社会の人間を除けば、恋人たちは必ずエリアスに様々な物をねだったのだという。
それは物品だったり、コネだったりした。凛についても、デビューして確固たる成功を収めるまで、歌手としての地位を望んでいるのだと信じていたようだ。
そうではないことを、エリアスはいつ気づいたのだろう。ある時から、彼は何が欲しいのかと凛に聞かなくなった。
「ランチにするか。パスタくらいなら用意できる」
「本当に? パスタを茹でるには、お湯を沸かすっていう複雑な工程があるんだけど」
ふざけていうと、エリアスも「知らなかったな。本当に?」と目を見開いた。
「だが、その前にシャワーを浴びよう。身体が冷えきってる」
エリアスは言うなり、凛の身体を軽々と抱え上げた。確かに、風にあたって冷えていたし、それに腹を満たすよりも、エリアスの愛撫に飢えていた。
凛がエリアスの肩に腕を回すと、彼は凛を抱えたままバスルームへ歩き出した。
「重くない?」
「いや、ちっとも。お前はもう少し太らないとな。パスタの他に、肉でも焼くか」
「そんなに食べられないよ。それにこれでも、昔よりは筋肉もついたんだからね」
「そうか?」
バスルームに着くと、エリアスが服を脱がせてくれた。凛もエリアスのベルトを外し、緩く勃ちかけた中心を愛撫する。
「こら。昼食が遅くなるぞ」
「先にこっちを食べたい」
彼の前にひざまずき、くわえようとすると、エリアスはクスッと笑ってそれを制した。裸になった凛の腋に手を入れて、猫みたいに抱え上げると、シャワーの前に連れて行く。
凛の身体に、熱いシャワーをかけてくれた。その温かさに、全身が緩むのを感じる。
続きをしようと手を伸ばすと、今度は止められることはなかった。シャワーを浴びながら、二人で互いの性器を愛撫し合い、素肌をまさぐり、身体の至る所にキスをし合う。
射精したのはどちらも一度だけだったが、凛は後ろに指を入れられて、吐精のない絶頂を何度も味わった。
おかげでバスルームを出る頃にはぐったりしていて、再び抱え上げられてリビングに運ばれることになった。
凛をソファに降ろし、エリアスは本当に昼食を作りにキッチンへ行く。
「やっぱり肉も焼くか?」
カウンター越しに、子供みたいないたずらっぽい表情で尋ねてくる。ぶんぶんと慌ててかぶりを振ると、楽しそうに目を細めた。
それから、エリアスは鍋にお湯を沸かし、ついでに瓶詰のパスタソースを絡めて、ちゃんとしたランチを作ってくれた。
ワインを開けて、二人で乾杯する。ダイニングの窓からは湖が見える。凛もエリアスも、たまにさっきみたいな冗談を言いながら、他愛もない話をした。
七年前に出会った時は、彼とこんなふうに友達みたいに話せる日が来るなんて、思ってもみなかった。
「お前は私を、マフィアだと勘違いしてたんだっけな」
思い出話になって、エリアスがからかう口調で言う。
「だってさ、めちゃくちゃ怖かったよ」
昔は、彼がジョークを口にするなんて思わなかったし、向こうも凛がこんなにべったり甘えてくるなんて、思っていなかった。兎みたいに臆病で、意志の薄弱な青年だと思われていた。当時は確かにそうだった。
自己主張をするのが怖かった。でもそんなことを言っていたら、エリアスは自分を見てくれない。もっと会いに来て、そばにいて、どこにも連れて行ってくれなくていいから、休暇を一緒に過ごしてほしい。
何も欲しがらないとエリアスは言ったけれど、凛はずいぶん我がままを言ってきた。
ただ、一番欲しいもの、自分だけを愛してほしいという願いだけは、今も口にできずにいる。

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