10メートルの楽園

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本価格:649(税込)

  • 本販売日:
    2012/01/10
    電子書籍販売日:
    2013/03/01
    ISBN:
    978-4-8296-2522-4
書籍紹介

好きって言っただけで、世界が変わった。

生花店店長の明宏は、本社所属の無口なフラワーアーティスト・楓が気になって仕方がない。彼の創る綺麗だけれど儚いデザインがその孤独を表しているようで、切なくなるのだ。少しずつ距離を縮めて楓の無防備な表情を垣間見るようになると、明宏は自分の恋情に気づく。叶うはずのない想いを告げる気はなかったが、社内の人間関係に落ち込む楓の頼りない仕草に、思わず……。
立ち読み
「あの、楓、さん?」
「……変わるんでしょう?」
「え……?」
「世界が、変わるって言ったじゃないですか。だったらその……判るでしょう!?」
  言われても、明宏には何のことだか判らない。確かに自分は世界が変わると言った。好きな人に好きだと伝えるということは、自分にとってはそういうことだからだ。
  怖くて足が竦んでしまいそうになり、そんな感覚をやっとの思いで乗り越えた先には、それまでとは違う自分がいる。以前と変わった視界には、世界が輝きを増して見える。
  しかし楓にとっては違っていたのだろうか。彼の顔は、相変わらず困惑に歪んだままだ。
「変わりませんでしたか?」
  恐る恐る訊いてみると、楓はさらに表情を曇らせた。
「変わりました!」
  自棄気味に告げられて、にわかにたじろぐ。そんな明宏に焦れたのか、楓は自ら一歩、歩み出た。
「世界が変わるほどのことなんでしょう?  だったら僕だって変わるって考えませんか!」
  それは楓自身も変わったということだろうか。
  戸惑いがちに言われた言葉を考えているうちに、楓は自分の手を持ち上げた。
  二人の間で動くそれは、黒いエプロンを掛けた明宏の胸元に触れて、動きを止めた。
「あ、あの……楓さん?」
「あのっ……正直、身体とか求められたらなんていうか、困るんですけどっ」
「え、あ、はい。判ってます……けど、」
「けど、なんていうか、今すごく……その、すごく、抱き付きたいっていうか!」
「抱き……え?」
「抱き締められたいって、いうか……」
  投げやりに訴えてきた楓の声が、次第にしぼんでいくのが判る。戸惑いに二の足を踏み、これからどうするべきかと迷っている。そんな様子が見て取れるから、明宏は黙って両手を広げた。
「……楓さん」
  まるで壊れ物を扱うように胸元に抱き込んで、彼の名を口にする。愛しいと思う気持ちがさらに湧き出て、心を込めて名前を呼ぶ。
  何度も呼んでいると、腕の中でぎこちなかった楓の身体から力が抜けていくのが感じられた。
「……はい」
  明宏の呼びかけに、楓が応える。片方の手で胸元を、もう片方の手で明宏の袖を掴んで離すまいとしがみついている。ぎこちない仕草がまるで子供のようで、さらに愛しさが増していく。
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