ふたりのはなし。
書籍紹介
……愛って、なに?
元同級生で今は仕事仲間、そして恋人同士となった飛馬と海東。「絶対に幸せにしてやる」そう言って、海東の長かった片思いを受け入れた飛馬だったが、新たな関係に踏み出そうとして困惑する。恋人ってなんだ──? 海東は変わらずキスをするだけ。それ以上は触れてこようとしない。友だちだった頃には信じられた海東の心がわからなくなり、苛立ちを募らせ不安に陥った飛馬は……。
立ち読み
「恋人だからって、俺は飛馬を束縛する気はないよ」
その言葉と視線からは、侮蔑すらうかがえた。
睨み続ける目の表面が乾いて痛い。仕事の疲れと眠気も襲ってきて一気に身体が重たくなり、歯痒さも焦燥も弾けて砕けて、脱力した。
「……おまえの考えていることは理解しきれない」
項垂れた俺の肩をぽんぽん叩いた海東が、笑顔を繕ってソファーを立つ。
「やっぱり来るべきじゃなかったね。不機嫌にさせてごめん。俺、帰るよ」
「……帰るのか」
「今度はちゃんとのんびりできる時に来る。これから暖かくなるし、またどこかへ行こう」
ジャケットを羽織って、玄関へ歩いて行ってしまう背中。俺もソファーからのそりと身体を剥がして追いかけた。
歩きながら明るい声で「今ね、廃墟とかダムにハマってるんだ」などと教わっても、虚無感が胸を冷やすだけだった。「道路がダムのなかに向かって沈んでたりして、感慨深いよ。飛馬も今度一緒に行こう」と誘われて〝いつ〟とも〝どこ〟とも訊かず、適当に「いいよ」とこたえて流す。
玄関のドアの前へ来て靴をはくと、海東は振り向いて俺に向かい合い、
「じゃあ、またね」
と屈託なく微笑んで小首を傾げた。この笑顔にしか、俺の知る海東の面影がなくて。
「起きたらサンドウィッチ食べなね。飛馬が好きなトマトサンド買っておいたよ」
「……ああ」
「すこしでもなにか食べて、身体に気をつけて」
「……ン」
会話しているのも虚しくなる。
もうさっさと帰れ。眠って全部忘れたい。そう思って海東のジャケットの襟を見据えていたら、ふいに左頬を掌で包まれて一瞬の隙に唇を塞がれた。
胸にぎしりと刺激が走って抉った。柔らかい海東の唇の感触が、今夜交わした会話のなかのどんな言葉よりも熱くて饒舌で、苦しい。
俺たちはばかだ。つまらない会話で傷つけ合うぐらいなら、くちも言葉も閉じてキスだけすればよかった。
その言葉と視線からは、侮蔑すらうかがえた。
睨み続ける目の表面が乾いて痛い。仕事の疲れと眠気も襲ってきて一気に身体が重たくなり、歯痒さも焦燥も弾けて砕けて、脱力した。
「……おまえの考えていることは理解しきれない」
項垂れた俺の肩をぽんぽん叩いた海東が、笑顔を繕ってソファーを立つ。
「やっぱり来るべきじゃなかったね。不機嫌にさせてごめん。俺、帰るよ」
「……帰るのか」
「今度はちゃんとのんびりできる時に来る。これから暖かくなるし、またどこかへ行こう」
ジャケットを羽織って、玄関へ歩いて行ってしまう背中。俺もソファーからのそりと身体を剥がして追いかけた。
歩きながら明るい声で「今ね、廃墟とかダムにハマってるんだ」などと教わっても、虚無感が胸を冷やすだけだった。「道路がダムのなかに向かって沈んでたりして、感慨深いよ。飛馬も今度一緒に行こう」と誘われて〝いつ〟とも〝どこ〟とも訊かず、適当に「いいよ」とこたえて流す。
玄関のドアの前へ来て靴をはくと、海東は振り向いて俺に向かい合い、
「じゃあ、またね」
と屈託なく微笑んで小首を傾げた。この笑顔にしか、俺の知る海東の面影がなくて。
「起きたらサンドウィッチ食べなね。飛馬が好きなトマトサンド買っておいたよ」
「……ああ」
「すこしでもなにか食べて、身体に気をつけて」
「……ン」
会話しているのも虚しくなる。
もうさっさと帰れ。眠って全部忘れたい。そう思って海東のジャケットの襟を見据えていたら、ふいに左頬を掌で包まれて一瞬の隙に唇を塞がれた。
胸にぎしりと刺激が走って抉った。柔らかい海東の唇の感触が、今夜交わした会話のなかのどんな言葉よりも熱くて饒舌で、苦しい。
俺たちはばかだ。つまらない会話で傷つけ合うぐらいなら、くちも言葉も閉じてキスだけすればよかった。
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