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本価格:693(税込)

  • 本販売日:
    2019/07/10
    電子書籍販売日:
    2019/08/23
    ISBN:
    978-4-8296-2668-9
書籍紹介

あなたは、マゾヒストですか?

SなのにMとしての快感を求める彼に責められたい──。
M性感店で働く直斗は、キャストではなくSですらないのに指名される。
一見Sのような客・城川を縛り、要望通りのセリフで追い詰める。
Mである直斗にとっては、戸惑いばかりだった。
でも快感を得ながらもどこか苦しそうな城川が気になり……。

立ち読み

「なら、自分で脱いでください」
 いくらかのためらいののちに、二回目なのだし先週よりもM性感らしくしてみるかと少々強い声でそう要求した。城川は驚いたのか僅かばかり目を見開きはしたが、直斗の指示を拒みはしなかった。
 静かにジャケットを脱いだ彼に、自分のほうがよほどびっくりしたと思う。必要ない、と素っ気なく言い返されるかと予想していたのに、冷たく硬質な印象とは違ってこの男は素直だ。
 スリッパを差し出し、仕立てのよいスーツを城川の手から取りあげハンガーにかけた。特に恥ずかしがるでもなく服を脱いでいた彼は、はだけたシャツ一枚を残す姿になったところで、しかし幾ばくかの躊躇を見せた。
「直斗くん。少し、想定外だ」
 想定外という言葉は先週も聞いた。彼がどんな想定をしてこの店を訪れたのかはわからないがそれは訊ねず、「でしたらシャツはそのままでいいです」と返した。ここで無理強いをするのは悪手になるのだろう。
 シャツに半ば隠されてはいても、彼の身体は美しく色っぽいものに感じられた。半ば隠されているからこそ、かえってなまめいて見えるのかもしれない。先日は服をくつろげただけだったから目にしなかった長い脚は、しなやかな筋肉の線をあらわにしていて、この男には非がないのかと内心唸る。
「ソファに座ってもらえますか」
 勝手に速まる鼓動に静まれ落ち着けと言い聞かせながら、そう声をかけた。城川の眼差しが問うように自分に向けられたので、必要ないと告げられる前に続けた。
「あなたは背が高いから、座ってくれたほうが触れやすいです。おれに触ってほしいんですよね? それともベッドにしますか?」
 直斗の言葉に城川は二、三度瞬きをした。先週も何度か見たその仕草は彼の癖なのかもしれない。ひんやりとした無機質な機械が生身になる瞬間を目にしている気がして、ときめきを覚えた。
 じっと直斗の瞳を見つめ、それから彼は大人しくソファに腰かけた。直斗に身を委ねるために座るという行動は、今夜の彼にとって拒否感を抱くものではないらしい。立ったままだった一度目よりは進歩だろう。
 許可を得てから前回同様にスカーフで目隠しをした。後ろ手に縛ると背とソファに挟まれて痛かろうと、拘束は省いた。苦痛を与えるのはM性感店のキャストがする仕事ではない。
 視界を奪われただけなのに、城川の性器は緩く反応を示した。それを認めてくらくらと目眩がした。彼は先週の行為で得た快感を思い出しているのだろう。あの夜が彼にとって忘れられないものになっているのなら素直に嬉しい。
 ソファに座る城川の前に立ち少しのあいだ迷ってから、これは許可を求めず身を屈めて首のやわらかな皮膚に舌を這わせた。唇へのくちづけはこの店のサービスに含まれないが、身体にキスをするのは基本プレイのうちだ。
 驚いたらしく、城川はぴくりと身体を強張らせた。不快だったろうかといったん身を離し言葉を待つ。しかし彼はなにをも言わず、また、自由な両手で直斗を押しのけもしなかった。いやがっているようではない。
「気持ち悪いですか」
 一応そう訊ねたら、熱の潜む低い声でこう返された。
「……いや。もっとしてほしい」
 ぞくっと鳥肌が立った。触れてほしい、もっとしてほしい、自分は彼のそんなストレートな要求に興奮するのだと、いまさらながらに思い知らされる。
 脚を開かせそのあいだにひざまずき、上半身を丁寧に舐めた。はじめて知る彼の素肌の味に高ぶりを覚え、反応を観察してよろこぶ場所を探してやらなくてはという理性を維持するのに苦労した。
 城川は抗わなかった。気持ちがいいのだろう、次第に呼吸が乱れはじめる。しかし、それまであえて触れずにいた乳首に音を立ててキスをしたら、彼は心なしか苦しげな声を洩らした。うっかりすれば聞き取れないくらいに細くだ。
 唇を離して様子をうかがった城川は、微かに唇を震わせていた。
 違和感を覚えた。視線を向けた彼の性器ははっきりと勃ちあがっていて、萎える気配はない。
 この男がいま快感を得ているのは確かだろう。彼は気持ちがよくて、それから、どこか怯えているのか。
 なぜ怯えている? なにかを思い出している? 読み取りたくてもスカーフで目隠しをしているので彼の表情がよく見えない。
「君に、言ってほしいセリフがある。言ってくれないか」
 城川はそこで一度大きく呼吸をしてから、欲情と、そして僅かばかりの苦痛を滲ませる声色で先週と同じ言葉を口に出した。いいですよ、と答えると、こう告げられる。
「おまえは私から逃げることはできない。おまえは私に支配されている」
 彼の要求は前回と違うものだった。そして、前回よりもあからさまにひとを縛るセリフだと思う。
 わけありか、とぴんときた。
 この男はもしかしたら、過去に誰かからそんな言葉を浴びせかけられたことがあるのかもしれない。あるいはいまも言われているのか。
「ええ。おれはもうあなたを逃がしませんよ。あなたを支配しているのはおれです」
 事情は問わず、求められた通りのセリフを声にして彼の性器を握った。どうしてそんなことを言われたいのかと訊くのは簡単だったが、いまそうしてはならないことはわかる。
 逃げられません、支配されています、くり返しそう囁きながら焦らさずに絶頂を促してやると、しばらくのあと城川は直斗の手に射精した。その直前に、彼は先ほどよりも苦しそうに誰かの名を呼んだ。
 掠れた、あまりに小さな声だったからよく聞き取れなかった。しかし直斗の耳にはこう聞こえた。加賀屋さん。
 わけありだ。そう確信した。

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