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八月三日

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書籍紹介

いつか違う朝をあなたと──

介護士の一ノ瀬優は、ある日突然、十年前にタイムスリップしてしまった。
それに気づき思ったのは、彼のこと。彼・白崎和人は大学二年の夏に交通事故に遭い、
重い高次脳機能障害を抱えることになってしまったのだ。
白崎の世話を担当する一ノ瀬は、彼の純粋さに惹かれ、その悲しみと苦悩を傍で見守ってきた。
事故さえ回避できれば──一ノ瀬は、白崎に会いに行き……。

立ち読み

「……っ……くっ……」
 ズキズキする部分を両手で押さえる。あまりの激痛に膝が床に落ちた。
 待って。もう少し。待って。もう一つ、やらなきゃいけないことがあるんだ! まだダメなんだ!
「一ノ瀬さん?」
 シロちゃんが慌てて駆け寄ってきて、俺の体を支えた。
「うううっ……」
 痛みで返事ができない。
 このまま意識を失ってしまったら? 俺はどうなるんだろう。
「ちょっと、ね! ちょっとってば!」
 高い声で呼びかけオロオロとするシロちゃん。俺をベッドにもたれさせると、慌てて立ち上がりホテルの電話を取ろうと背中を向けた。俺は痛みを堪え立ち上がり、そのシロちゃんを背後から抱きしめた。
 ここで救急車なんて呼ばれたら時間がなくなってしまう。
「……だ、だいじょう、ぶ」
「へ、え、だって……え?」
「……治まって、きた」
 嘘じゃなかった。シロちゃんに触れた途端に、潮が引くように痛みが小さくなっていく。俺はそっと息を吐いて胸を撫でおろした。
 まだ、時間は残されているみたいだ。
「……ほんと……?」
 さっきまでムッとしてたのに、振り返ったシロちゃんは眉を下げ、すごく不安そう。
「うんうん。もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね? ……きっと、時間が迫ってるんだと思う」
「帰る……時間?」
 弱々しい声。シロちゃんはまた前を向いて俯いてしまった。腕の中で、シロちゃんがションボリしているのが伝わってくる。
 俺は華奢な体をギュッと抱きしめて、後ろからサラサラで素直な髪に額を擦りつけた。
 未来に帰る時間なのか、寿命が尽きる時間なのかは正直わからない。でも、それはシロちゃんに言うべきことではない。シロちゃんにはあくまでも「未来へ帰る」と思っていて欲しい。
「……うん。ごめんね?」
「そっか……うん」
 シロちゃんはとっても小さな声で、背中を向けたまま穏やかに返事をしてくれた。
 優しいシロちゃん。素直で喜怒哀楽の表現が豊かで、思ったことがすぐに顔に出ちゃうシロちゃん。どうかこのまま真っ直ぐ……そのままの君で育って欲しい。俺のことは忘れてもいい。八月三日のことだけ覚えていてくれさえすれば。
 昨日からずっと、俺の無理を聞いてくれたシロちゃんへ、最後のお願いをした。
「シロちゃんの好きな場所に連れてって欲しい」
 腕の中のシロちゃんがクルリと身体を半回転させて顔を上げる。そして愛くるしい笑みを浮かべながら答えた。
「わかった」

 シロちゃんの自転車に二人乗りして、商店街を抜けて住宅街へ向かった。結構な坂道を漕ぎながら登ろうとするけどやっぱり無理で、二人で自転車を押して登る。
 自転車を停めた場所は高台にある公園だった。
 シロちゃんはどんどん公園の中を奥へと進んでいく。視界が開けた場所は東屋が一つ。その向こうには二つに分かれた景色。下半分には街並みが、上半分には青空が広がっていた。
「着いたよ」
「うわぁ……すごいね」
「来るのはちょっと大変だけどね。気持ちいいでしょ」
「うんうん! 気持ちいい! 風もあるし、見晴らし最高だね」
「うん。俺のお気に入りの場所」
 東屋に二人並んで座る。ビニール袋に手を突っ込み、ホテルを出てすぐに買ったハンバーガーの包みをシロちゃんへ渡した。
「……連れてきてくれてありがとう」
「うん、間に合ってよかった」
 シロちゃんが受け取った包みを開き、大きくパクッとかぶりついた。ムグムグと頬を膨らませ豪快に食べる。

 あの日、初めて白崎さんの担当になった日。勝手に泣いた俺を心配してくれたね。花粉症ですか? って、ティッシュを渡してくれた。背中を撫でてくれた。俺が目を真っ赤にしてたからきっと……朝食も口をつけてくれた。
 あなたはいつも優しかった。誰よりも一番辛いくせに、それを見せまいとしていた。自分が生きている意味をあなたは知っていた。あなたが人生に絶望して自ら命を絶ってしまったら、また家族を傷つけてしまう。死に追いやったのは自分達だと。ご家族は死ぬまで後悔し続ける。あなたはそれをわかっていた。
 優しすぎるあなたは。いつも……。
 そんなあなただから、俺は……。
 込み上げる感情と涙を押し殺し、美味しそうにしっかり食べているシロちゃんにホッとしながら俺もハンバーガーにかぶりつく。ペットボトルのジュースを分け合った。
 シロちゃんは顔を上げ、お気に入りの景色を眺めながら唐突に言葉を発した。
「やっぱ、もらっとく」
「ん?」
「ヤンキース」
「うんうん!」
 俺はリュックから小さくたたんだヤンキースのシャツを取り出した。広げてホコリを払うように風になびかせる。
「シロちゃん、白シャツ脱いで」
「待ってね」
 シロちゃんはめいっぱい口を開き、食べかけのハンバーガーを口へ挟んだ。包み紙を丸めて袋に捨て、制服の白シャツを脱ぐ。そのシャツを受け取り肩にポイとかけて、ヤンキースの服を両手で広げた。
「袖通して」
「ん」
「こっちも」
 両方の袖を通して、赤いボタンを下から順番に留めていく。
 ちょっと大きいけど、よく似合ってる。野球少年みたいだ。
 シロちゃんは口にハンバーガーを挟んだまま顎を上に向けた。一番上のボタンを留めると、俺はハンバーガーを手で持ち、シロちゃんの口から剥がした。
 シロちゃんが俺を見上げ言った。
「ありがと」
「と」の形の唇にチュッとキスする。そしてまた、口にハンバーガーを突っ込んだ。ポケッとしていたシロちゃんはその途端「ふがっ」と言って我に返った。
 みるみる顔を赤くしてハンバーガーを咥えたまんま何か言ってる。
「んふんうん、はんふんふふ!」
「ふははは。何言ってるのかわかんないよ」
 シロちゃんはガシッとバーガーを掴み外すと、口の中に入ってたバーガーを食べながら、ムキになって抗議した。
「いきなり、なにすんですかって言ったんですよ」
「おまじないだよ」
「おまじない? なんの」
「次に会えた時には、シロちゃんから笑って……おはようって挨拶してもらうおまじない」
 一瞬の沈黙の後、やっぱり口を尖らせて目を逸らすシロちゃん。

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