縁は異なものあまいもの

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本価格:660(税込)

  • 本販売日:
    2018/01/12
    電子書籍販売日:
    2018/02/09
    ISBN:
    978-4-8296-2641-2
書籍紹介

ぼくの、変態、変態、変態!

作曲家の時雨はある田舎町に引っ越してきた。そこで、幼なじみの亘と再会する。彼は氏子に慕われる立派な神主なのだが時雨の唾液を「おいしい」と言っちゃう変態だった! 戸惑う時雨だけど亘からの真剣なアプローチと彼の作るおいしい料理に心と胃袋を鷲掴みされ、亘の娘・唯のかわいさにもノックアウト! 三人で幸せに過ごしていたけれど、唯には秘密があって――?

立ち読み

 はっと、時雨は気がついた。
「さっきのはなんだよ。いつ、亘くんがぼくの男になったんだよ」
「キスはした」
「してないだろ」
 言いながら、赤くなっていく自分に気がついている。
 直前まではいった。あのままいけば口づけていたかもしれない。だが、していない。
「したよ。時雨は気がついていなかったと思うけど。中一のとき」
「中一?」
「時雨は中三。夏休み。ピアノが聞こえてこないからどうしたのかなと思ったら、ここで昼寝してたんだ」
 口を半分あけてよだれ垂らして寝ていたんだよ、と彼は言った。
「嘘だ、嘘。よだれなんか」
「ほんとだって。俺、舐めたんだから」
 ひー、とおかしな声が出た。
「なんで。どうしてそんなものを舐めるんだよ。ぺってしなさい、ぺって!」
「なんかおいしそうだったからさ」
「おいしくないよ」
「おいしいよ。あ、言っておくけど、時雨の限定だからな。ほかのやつのなんて死んでもお断りだから」
「そういう問題じゃない」
「このまえのだっておいしかったし」
 そう言われて、昨夜、笛からこぼれた唾液を、亘がなめとったことを思い出し、床を転がり回りたくなった。
「最初に見たときに、こんなにきれいな子がこの世にいるのかと思った。美しい音を奏でていて、天使なのかと思った」
「なに言ってんの。ぼく、普通の男だよ。ついてるものもついてる、そこらへんにいる男だよ?」
「時雨はひとりだろ。そこらへんにはいない。時雨は、今でも可愛い。俺にとっては」
「気軽に言わないほうがいい」
「気軽?」
「か、可愛いとか」
 亘は、ふっと笑った。それからつっと顔を寄せてくる。唇が重なった。
「な、なにす……」
 時雨が言葉を発したのが幸いというように、亘の舌が口の中に入ってきた。
 文句を言いたいのだが、彼の舌が口腔内を探っているので、しゃべったらそれを噛むことになってしまう。時雨は彼の唾液の味を知る。そして思ってしまったのだ。
 おいしい、と。
 ──いやいやいやいや。
 激しく動揺する。
 おいしいってなんだよ。たった今、亘が自分のを舐めたのを咎めたばかりじゃないか。
 混乱しているその脳の隙間から、快楽は浸食してくる。ゆっくりと、こちらを味わうように彼の舌は動く。
 そうされると自分もまた、彼を味わうことになってしまう。そのなめらかな舌の感触や、滴る水気や、切羽詰まった息づかいを、感じてしまう。時雨の呼吸も逼迫してくる。
 今まで自分はどうやって呼吸をしていただろうか。
 それが思い出せない。どくどくと心臓が打っている。速くなり、吐息を荒らげていく。苦しい。もう耐えきれない。と思ったところで、亘が唇を離した。
「もう、亘くんは……」
 文句を言おうとしたのに、ふいっと、再び唇はつけられて、ぐるりともう一度、大きく口の中を舐められた。
「ひゃ!」
 その声に満足したとでもいうように、亘は立ち上がると口の周りを舐める。気がつくと時雨の口の周囲も、濡れていた。手の甲でぬぐう。
 亘は、持ってきた風呂敷をあけた。
「これ、約束のおやき」
 中から皿にのった平べったいまんじゅうが出てきた。
「中は小松菜と胡桃餡の二種類だよ」
 亘は風呂敷をたたんで手に持った。
「じゃあ、時雨。皿は今度でいいから」
 身をかがめてきたので、またキスをするのかと思ったのだが、彼がしてきたのは頬にだった。
「え」
「またな」
 家を出ていく亘の後ろ姿を見送る。彼は神社の車に乗って去っていった。まだおやきが温かい。
 キスを、してしまった。
 あろうことか、ひどくよかった。
 するすると、奥まで入ってこようとするような口づけで、自分はそれにあらがいようもなくて、ただただ味わわれて、そして味わっていた。
 こんなキスは、初めてだった。
「えええええええ───?」


 その夜は、久しぶりに布団をのべて寝床に入った。しかし、彼としたキスの余韻がまだ残っていた。それが時雨から去らなかった。
 キスをしたのは初めてではない。何度か女性とつきあったことだってあったし、それなりに恋愛を楽しんできたつもりだ。
 ふざけて深町がキスしてきたこともある。もっとも、深町は酔うと誰彼かまわずキスをするので、事務所の人間は全員彼の洗礼を受けている。
 けれど、どれひとつとして、亘とのキスのように身体の芯を震わせるくらいの、新鮮な衝動を与えるものはなかった。
 ──亘くんは、ずるい。
 寝ているところにキスをしたなんて。そのときに自分が起きていたとしたら。そして昼間みたいにときめいたとしたら、自分たちの関係はまったく違ったものになっていたかもしれないのに。
 ──ときめいたってなんだ?
 自分で使った言葉なのに、突っ込みを入れる。
 ──ときめいたのか? 亘くんに? それってどういうこと?

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