働くおにいさん日誌④
今年も相変わらずお前が好きだ。
リフォームされた新居で、恋人の九条と暮らし始めた医師の甫。甫の部下・深谷と暮らす弟の遥もよく遊びに来て、賑やかながら穏やかな日々を過ごしていた。「甘やかす権利」を笑顔で行使する九条に尽くされ、気恥ずかしくも幸せな気持ちで満たされて……。四季折々を満喫する甘い日常、ちょっと覗いてみませんか? サイト連載ブログを改編+書き下ろし短編も収録、待望の第四弾!
「何か手伝うことはないか」
そう言いながら台所に顔を出した甫に、調理台の前に並んで立っている九条と知彦は、左右対称にクルリと振り向き、同時に答えた。
「大丈夫です」
「うっ」
半歩下がってあからさまに鼻白んだ上司へのフォローのつもりか、知彦は申し訳なさそうにこう付け加える。
「あの、野菜を切ったらもう準備は終わりますから、ゆっくりなさっててください」
「あ……ああ。わかった」
甫は踵を返し、とぼとぼと去って行く。
「何かお願いしたほうがよかったでしょうか」
囁く知彦に、水で戻した麩を両手でギュッと絞りながら、エプロン姿の九条はニッコリ笑って答えた。
「いいえ、そんなことは。しょげた先生も可愛いですから」
「え」
「冗談ですよ?」
「……はい」
どう考えても今のは本気だったと突っ込みたい気持ちをぐっと抑えて知彦は頷き、止まっていた白ネギを斜めに切る作業を再開する。
「それに、先生にはこれから忙しくなっていただくわけですし」
「ああ、そうでした!」
それには、知彦も笑顔で同意した。
今日、甫と九条は、遥と知彦が暮らす家に来ている。
目的は、すき焼きである。
昨日、九条あてにすき焼き用の牛肉が、ドカンと一キロ届いた。以前、急な依頼を持ち込んできた顧客からの、お礼の品だそうだ。
甫と九条はあまり大量の肉を食べるほうではないし、二人ですき焼きをしてもどうにも盛り上がらない。そこで遥と知彦を巻き込んで、四人ですき焼きをすることになったのだ。
甫たちが肉を持参したので、野菜は遥と知彦が用意した。
下ごしらえをするのは、料理上手の九条と知彦である。
台所から体よく追い払われた遥と甫は、IHコンロや食器を出してしまうとたちまち手持ち無沙汰になり、茶の間でこたつに潜り込んでいるより他がない。
「兄ちゃん、俺たちは邪魔しないことがお手伝いだよ〜」
「それでは怠惰に過ぎるだろう。……ああそうだ、そろそろ飲み物を用意してこよう」
こたつに入って一分も経たないうちに、甫はソワソワと再び台所へ向かう。
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