悲しみません、明日までは

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本価格:660(税込)

書籍紹介

 ……まだ、謝んなくていいか。

夏休み直前、要の住む小さな町にやって来た優吾。無愛想な彼が胸中に抱える行き場のない悲しみや憤りに、誰にも言えない初恋を抱く要は共感を覚える。優吾の傍は居心地が良かった。けれど彼は、要が長いこと片想いする隣家の「兄ちゃん」の再婚相手の連れ子だった。要の想いを知った優吾に詰られ、嬲るように押し倒される。抵抗する要だったが、やがて自暴自棄になり……。
立ち読み
  ──……もう、どうでもいいや。
 要は一瞬にして自暴自棄になる。
 自分なんて、もうどうでもいいしどうなったっていい。いっそ壊れてしまいたかった。
 そのためにこの状況を、目の前の男を利用してやろうとすら思えた。そう考えれば、現状はお誂え向きのような気さえしてくる。
 慰める、と言ったのは優吾だ。だったら慰めて貰おうじゃないかと開き直った。
 ──こいつに壊されるんじゃなくて、俺が、俺を壊すのにこいつを利用するだけだ。
 急に無抵抗になった要に怪訝そうにしながらも、要の脚を大きく開かせ、優吾は自分の指を口に含む。その濡れた指を、要の後ろに這わせた。
「い……っ」
 乱暴に体の中に差し込まれた指に、要は小さく悲鳴を上げる。指一本ですら痛くて拒もうとする体を、優吾は粗雑に掻きまわした。
 委縮する筋肉を無理にこじ開けようとする動きに、体が無意識に逃げる。暫くの間引っ掻き回された後、強引に体を返され、腰を掴んで引っ張り上げられた。
 腰だけを高く突き上げ、男の目の前に局部を晒す恰好に、要は憤死しそうになる。しかも、これを自宅でやっていることに、今更になっていたたまれない気持ちになった。
「う、く」
 再び指を捻じ込まれ、その痛みに歯を食いしばる。上手く解れない体に優吾は焦れたように指を引き抜いた。終わったのかと思う間もなく、太腿の部分に熱いものが擦った。それが優吾のものだと悟った瞬間に、荒々しく指を入れられていた場所にそれが押し当てられる感触がした。引き攣るような痛みに、体が逃げを打つ。
「っ……! 無理、痛いっ」
「くそ、力抜けって」
 舌打ちをして、優吾が強引に要の体を押し開こうとする。
 だが、無理なものは無理だ。異性を好きになれないのに、同性ともうまくセックスができない己を知って、涙が込み上げてくる。だったら自分は、これから一体どうやって他者と抱き合えばいいのか、愛し合えばいいのか、と打ちのめされた。
「力抜け、入らねえ」
「痛……、できな、っ……」
 まったく綻んでさえいなかった場所は、当然男のものなど受け入れられるはずもない。幾度かただ突くだけのような接触を繰り返した後、優吾は腰を引いた。
 ほっとするより、羞恥と狼狽に要は戦慄く。優吾はもう一度、舌打ちをした。
「駄目じゃん、お前」
 嗜虐的な声音に、ひどいことを言われる、というのがわかった。そして、続けられた科白に、息を飲む。
「──女だったら簡単に入ったのに」
 ある程度予想はしていたが、それでも男は男と抱き合えないのだと突きつけるような言葉に、要はまんまと打ちのめされた。震える唇を、ぎゅっと噛みしめる。そうしないと、泣いてしまいそうだった。
 優吾は、要の弱い部分をピンポイントで蹴り飛ばす。それが、意図的なのかそうでないのかはわからないけれど、その科白は要の心を容赦なく潰した。
 ──そうだよ、俺が女だったら、なにもおかしくなかった。
 男を好きになって、男とセックスしても、なにもおかしくはない。それが「自然」で「普通」だからだ。
 ──でも、俺は男で。
 体も心も男で、女じゃない。自分を女だと思ったことは一度もないし、女になりたいわけじゃない。女になりたい、わけではないのだ。決して。いっそ、なりたいと思っているのだというほうが、生物学上は男であっても男が恋愛対象である説明はつくのかもしれない。だがそうではない。
 これが、自分の「自然」で「普通」なんだと、要は心の中で叫んだ。だが言葉にはしない。きっと、優吾には理解できない。
 そう思っていることを察したわけではないだろうが、無表情で畳の上に四肢を投げだす要の顔に、優吾が不機嫌そうな一瞥をくれる。
 そして、もう一度要の体を仰向けに転がした。優吾は要の膝を掴んで、太腿を閉じさせる。
「……っ」
 問うより先に、優吾のものが太腿の間に差し込まれた。優吾のそれが、ぬるんと肌を滑って行き、萎えたままだった要のものに擦られる。
 優吾は暫くその間で自分のものを擦り、やがて要の脚と腹の間に射精した。それが、優吾に揺さぶられてどれくらい時間が経過したあとのことなのか、要にはよくわからない。生温い体液が、肌を滑るのを、どこか他人事のように感じた。
「んっ……──」
 その瞬間、己の下腹がぶるりと震える。
 体も心も冷めきっていると思っていたのに、いつのまにか勃っていた要も達していた。けれど、自慰をするときの解放感も快感も、ない。全身を包むような重い虚無感に、要は覚えず小さく息を吐いた。
 ぴしゃりと飛んで体に貼りついた他人の体液に、要は昨日までの自分と決定的になにかが変わってしまったような気がした。
 だがそれは多分気のせいで、今要がわかっていることは、失恋の痛手によるやけっぱちな気持ちに優吾を都合よく利用した、ということだ。
 勿論自分も暴力を働かれたわけで、罪の重さは恐らく優吾のほうが上だろうが。
 しんとした部屋の中に、互いの呼吸音だけが聞こえる。昨日まで二人の間に流れていたものとはまるで違う、重苦しいだけの無言の空間に、肺が潰れそうだ。
 優吾はやがて要から離れ、背中を向けた。要は身動ぎひとつしないまま、ぼんやりと虚空を見つめる。視線の先にある月の影が、いつのまにか傾いていた。
 先程まで聞こえなかった虫の音も、今やっと耳に届く。うるさいくらいだ。
 足元の優吾が、そっと立ち去る気配がした。
 どこに行くのか。問うのも追いかけるのも億劫で、要はやはり身動きひとつせずに外を眺める。
 きし、と畳の軋む音がした。優吾は、要の視界を塞ぐように目の前に腰を下ろす。その手には、濡らしたタオルが握られていた。
 優吾はなにも言わずに、要の肌にそれを当てる。火照りの残った体に、濡れタオルは少々冷たい。
 優吾は黙々と、自分が汚した要の体を拭いていた。逆光だったが、その整った顔が苦く歪んでいるのが見える。
 ──……そんな顔するなら、やらなきゃいいのに。
 自慰の後の虚脱感に似たもののせいで、既に頭が冷えていた要には、優吾のそんな姿が滑稽に映った。
 ひどく後悔をしています、という顔だ。けれど、素直に謝ることもできず、謝って許しを請うほど図々しくもなれないらしい。癇癪を起こした子供が気まずそうにしているようにしか見えなくなって、こんな状況なのにおかしくなった。
 
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