沼底から

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本価格:682(税込)

  • 本販売日:
    2015/12/10
    ISBN:
    978-4-8296-2605-4
書籍紹介

 ずっとずっと見守ってきた可愛い子 ――さすが私の伴侶ですね。

幼少時に神隠しに遭ったことで家を出されて以来、訪れたことのない竜神を崇める山奥の旧家。父の葬儀で帰省した琳太郎を出迎えたのは、麗しい義母・璃綾だった──が、どう見ても璃綾は男!!どうやら琳太郎にしか、真実は見えていないらしい。混乱するも、甲斐甲斐しく世話を焼かれて璃綾の逞しい胸に抱き締められると、不思議な慕わしさを感じた。その上、艶やかに誘惑されて!?
 
立ち読み

 「ねえ…、琳太郎さん。教えて下さい。どうして、私を受け容れて下さらないのか…」

「…そ、そんなこと…」
 恥ずかしすぎて、言えるわけがない。
 琳太郎はきつく目を瞑り、ふるふると首を振るが、現実逃避は許されなかった。璃綾の懐ですっかり熱を帯びた指先が、さっき夢中で弄りたくなったあの柔らかい頂に、くにっとめり込んでしまったから。
「あ、……っ!」
 弾かれたように引っ込めようとした手を、璃綾はがっちり捕らえて放してくれない。琳太郎の手首からすすっと手を滑らせ、これ以上触れるまいと必死に踏ん張っている手の甲を、容赦無い優しさで己の胸に押し付ける。
「教えて下さらなければ、私の胸の痛みは治りません。…琳太郎さんが教えてくれる気になるまで、ずっとこのままですよ?」
 それでも、いいんですか?
 囁きがどろりと蕩け、耳の奥に侵入してきた瞬間、わけのわからない悔しさが膨らみ、爆発した。
 ……どうしてこの人は、琳太郎が必死に隠そうとする心を無邪気に暴こうとするのだろう。人の気も知らないで……!
「璃綾さんは…っ、俺だけが、可愛いんじゃないだろ……!」
「え……?」
 目を丸くする璃綾は、二十歳も過ぎた義理の息子が、まさかこんな子どもっぽいことを言うとは思わなかったのだろう。琳太郎だって、自分で自分に呆れているのだ。けれど、今更やめたりは出来ない。
「父さんにだって、触らせてたくせに…い、一日じゅう、ずっと一緒に居たくせに……!」
 吐露しながら、琳太郎は自己嫌悪に襲われる。
 これは半分以上、八つ当たりだ。永遠に一緒に居るという約束を違えた『おかあさん』への怒りが、今になって噴き出してしまったのだ。いくら似ていても、璃綾は『おかあさん』とは別人なのに。
 璃綾がどれほど寛大でも、今度こそ堪忍袋の緒が切れて、憤るに決まっている。
 琳太郎の予想は、大きく外れた。
「……あぁ…っ、琳太郎さん…琳太郎さん…!」
「ぐ、うっ!?」
 ようやく腕が解放されたと思えば、今度は顔面を璃綾の胸に押し付けられ、ぎゅうっと抱きすくめられた。混乱して頭を振ると、髪になだめるような口付けの雨を降らされるが、それで落ち着けるわけがない。
「…りりょ…、さん…っ、何、を…」
「私の子…私の琳太郎さん。なんて…、貴方はなんて可愛いんでしょう。私の愛する子は貴方しか居ないのに、悋気して下さったなんて…」
「う……、ふ……」
 息苦しさに喘げば、鼻の奥まで璃綾の匂いに満たされる。濫とは対照的な、決して陽の差さない深淵の、冷えた水の匂い。青い空間で、琳太郎を常に包んでいた匂い。
「…ねえ…、琳太郎さん。信じて下さい。私にとって一番大切で可愛いのは、貴方です。亡き旦那様よりも、濫よりも…他の誰よりも、貴方が愛しい」
「…で…、も…」
 琳太郎が本当に一番だと言うのなら、どうして父と結婚したのか。宗司や村人たちにまで知れ渡るほど、睦み合ったのか。
 言葉だけではとうてい納得出来ず、いやいやをするように首を振っても、璃綾は呆れも怒りもしなかった。
 可愛くてたまらないとばかりにまた口付けの雨を降らせたところを見れば、むしろ、琳太郎が子どもっぽく拗ねたり駄々をこねたりするのが嬉しいらしい。
「なら……、私が誰ともしたことがないことを、してみますか?」
「誰、とも…? 父さんとも…?」
「ええ、勿論。この世で最も大切で、愛しい人としか出来ないことですから。琳太郎さんとするのが…初めて、ですよ…?」
 強調された初めてという言葉が、ささくれだった心にずぷりと突き刺さった。
 璃綾の夫であった亡き父ですら経験しなかった行為を、琳太郎が出来る。誘惑は衝動となり、僅かに残っていた理性を食い散らしていく。
「…した、い…」
 ぽたん……ぽたん……。
 どこからか聞こえてくる水音に促されるかのように、琳太郎は唇を動かした。黒紗の袂を、きゅっと握り締める。
「璃綾さんと、したい…」
「琳太郎さん…本当に? 心の底から、私としたいと願ってくれるのですか?」
「したい…、したいです…っ」
 力強く断言するや、仰向かされた琳太郎の目前に、歓喜に輝く美貌が迫ってきた。
 瞼を閉ざす間など、ありはしない。
 喰らい付くように唇を重ねられ、薄く開いていた隙間から濡れてむっちりとした舌が入り込む。
「んふぅぅ…っ、ん、ふ、うぅ、んっ」
 琳太郎の舌を絡め取り、干からびるのではと心配になるくらい唾液を絞り取り、それでも満たされずに口蓋をなぞりながら喉奥へ這い進む、肉厚の舌。
 ああ、やはりこれだったのだ。さっき、耳孔の奥を舐め回していたのは。
 口蓋にずっぽりと嵌め込まれた舌で、喉奥まで侵される。口付けと呼ぶにはいやらしすぎる、肉と粘膜の交わり。にちゅり、くちゅりと奏でられる粘っこい音が、脳に直接流し込まれる。
 絡め取っている方か、絡め取られている方か。どちらが自分の舌なのかすらもわからない。自分と相手の境界線が、ひどくあやふやになる。
 これが、璃綾が今まで誰ともしたことの無い行為……?
「ふふ…、琳太郎さん。おねんねの時間には、まだ早すぎますよ…?」
 にゅるうっと舌を引き抜いた璃綾が、半開きになった口の端を舐め上げた。琳太郎の両頬に添えられた手は冷たいままなのに、舌だけは別人のように熱い。
「こ…、れじゃ、ない…、の?」
「ええ。これはまだ序の口。…もっと奥の深いところで、溶け合い、絡み合わなければ…ね?」
 今でさえ付いて行けていないのに、もっと奥まで入って来られたら、どうなってしまうのか。
 恐ろしさにぞくりと背筋がわなないても、嫌だと訴えることは出来ない。漆黒の深淵が、間近で瞬いているから。
 …ぽたっ…、ぽた、ぽたん……。
 だんだん間隔が狭まっていく不思議な水音は、きっと、この深淵から琳太郎の心にしたたり落ちる雫だ。少しずつ琳太郎に注いで、満たして、溢れさせる。
 理性、正気、判断力…およそ人間として必要な全てを。
「私の『初めて』を…、もらってくれるでしょう……?」
「…っ、うん、うん…欲しい…」
 ちょうだい、とたどたどしく願ったとたん、ざざあっと、今までとは比べ物にならないほど大きな水音が響いた。
 
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