眠れる森のお姫さま -飛鳥沢弓瑛と執事-
書籍紹介
ずっと、王子様のキスが欲しかった。
飛鳥沢一族の御曹司・弓瑛にとって、執事の蝶野は王子様だった。幼い頃、弓瑛は寂しさのあまり童話のお姫様に憧れ、自分だけを愛してくれる王子様を求めていた。そんな時に蝶野は弓瑛を守り、ずっと側にいてくれたのだ。けれど、どんなに尽くしてくれても執事の本分を逸しない蝶野に、恋心を告げられるはずもなかった。ドレスを着たお姫様になって、蝶野に愛されたかった弓瑛は……。
立ち読み
「……蝶野……」
キスの合間に名を呼ぶと、蝶野が吐息がかかりそうな至近距離から苦しげに尋ねてきた。
「本気、……ですか」
「……なに?」
「しても、……いいなんて」
ここまでしたことで蝶野のほうも後に引けなくなったのか、弓瑛の身体をまさぐって大きな手でショッキングピンクのジャケットのボタンを外した。その下に着ていた安物のポリエステルのシャツをつかまれて、ゾクゾクする。
「女物の下着までは、つけてないんですね」
そんな言葉とともにシャツの前が開かれ、外気にさらされた胸元に蝶野の唇が落ちてきた。
「っう、ぁ……っ!」
新たな部分への刺激に、身体がすくみあがる。
蝶野の舌先が乳首に触れ、そっとそこを舐めた。驚きととまどいが加味しているせいか、舌にその突起をなぞられるだけで総毛立つような刺激が全身を駆け抜ける。身体の芯がざわめくような刺激だ。受け止めているだけで頭が真っ白になって、喘ぐことしかできない。
「っ……、っう、……っぁ……」
「そんなにも、ここで感じます? 以前から着替えをお手伝いするたびに、胸元をかばっているように見受けられましたが」
喋りながらも蝶野は、ことさら舌先を尖らせるようにして乳首を舐めた。その舌で弾かれるたびに、敏感さが増していくのがわかる。
成長期から、乳首のあたりがやたらと過敏になった。隠していたつもりだったのに、何食わぬ顔で着替えさせてきた蝶野に気づかれていたなんて恥ずかしい。
どんな顔で自分の乳首を舐めているのか知りたくなって、視線を向けようとした。だが、その前にちゅううっと吸い上げられた。
「う、あ……っ!」
まともに目の焦点が合わなくなるほどの甘い疼きが、吸われたところからわき上がる。何度もチュッチュッと吸われた後で、硬い粒のようになった部分を丹念に舐め上げられた。
「ん、……あ……っ」
そこからの感覚に喘がされてなすがままになっていると、足の間に蝶野の腰を挟みこまされる。蝶野が重みをかけるとペニスとペニスとが布越しに擦れ合い、蝶野に負けないほど自分のものが熱くなっているのを実感する。
ペニスが擦れ合うたびに、ひどく猥雑な興奮が下肢を駆け抜けた。
直接的な刺激に感じすぎて逃げるように身体をひねると、膝を抱えこまれて身体を二つ折りにされ、蝶野のものの先端がさらに奥のほうにずらされた。
「……ッ、ぁ……」
さきほど指でほぐされたその入口を蝶野の先端で探られて、弓瑛の鼓動が跳ね上がる。蝶野と目が合ったが、途端にそらされた。その表情は、どこか劣情を抑えかねたように苦しげだった。
──え……?
いつでも蝶野は惚れ惚れするほどの端整な顔立ちをして、落ち着き払っていたはずだ。その蝶野が、自分を前にここまで乱れるとは思っていなかった。
今の蝶野の心情をしっかり見定めておかなければならないような気もして、もう一度顔を向けようとしたとき、狭間に押しつけられた蝶野のものに力がこもった。大きく入口を押し広げられる感覚が生まれる。無理やりの圧力に怯えて力がこもり、あわてて腰を引こうとした。だがそれはうまくいかず、ぬるつく先端を入口に擦りつけられて、生々しい感触に力が抜けそうになった。
「っぁ、……っぁ、あ、……ぁ……っ」
このまま犯されたいのか、逃げ出したいのかもわからない。このまま、蝶野と関係を持っていいのだろうかという迷いがある。
だが、千載一遇のこのチャンスを逃せるはずもなく、蝶野がより入れやすいように自分から必死になって膝を抱えこんだ。
蝶野がこんなふうに自分を抱きしめ、溶け合うように一つになることを夢見ていた。
綺麗に装い、とっておきのドレスを身につけた弓瑛に魅せられた蝶野が、お姫さま相手のようにうやうやしく触れてくるのを。
なのに、現実の弓瑛は場末の娼婦みたいに下品な服を身につけて、自分から誘うように足を開いている。メイクだって、さぞかし崩れているだろう。こんな姿を、蝶野が綺麗だと思ってくれるはずもない。
それでもミニスカートをたくしあげられて、こんなふうにみっともない格好で犯されることに、頭が麻痺するような興奮を覚えていた。
どんな姿でも抱いてくれるというのなら、それでいい。ずっと幼いころから抱き続けていた思いがかなうのだから。
この夢のひとときに身をゆだねたい。
見上げた蝶野の顔は、余裕がないように見えた。せっぱ詰まったような感じがあるのは、それだけ弓瑛に興奮しているのだろうか。ぎらついたような熱が、蝶野の男っぽさを際立たせている。
「……ちょ……の。……早く……」
蝶野が理性を取り戻してこの行為を止めてしまうことがないように、かすれた声でせがむ。
どんなに痛くても、辛くてもよかった。蝶野のものにされたい。それが弓瑛がひたすら抱えてきた願いだ。
「続けても、……いいのですか」
苦悩に満ちたつぶやきとともに顎をつかまれ、深いキスをされた。それから足を抱えこまれた。いよいよ犯されるという実感に、激しく鼓動が鳴り響く。だが、あらためて押しつけられた蝶野の硬く大きなものに、覚悟していたはずなのに身体がすくみあがる。
──こんな……、……大きいの、……無理……。
怖い、逃げたい。
自分の身体に、そんなものが入るはずがない。指だけでも、あれほどまでに太く感じられたのだ。
だけど、今さら後戻りはできなかった。身体が張り裂けてもいい。蝶野のものになりたい。
だからこそ、必死になって身体の力を抜こうとした。
蝶野にこんなふうに組み敷かれていると、成人男性である自分の身体が、お姫さまのように華奢に感じられるから不思議だった。
「怖いですか」
よっぽど緊張した顔をしていたのか、尋ねられて首を振った。
弓瑛は投げ出されていた手の甲を、顔にあてた。化粧崩れしたみっともない顔を、あまり見られたくなかった。
「……怖く……ない。けど、褒めろ。……綺麗だと……言え。お姫さま、綺麗ですと……」
今の自分が綺麗じゃないことは、自分が一番よく知っている。
だけど、怖くて蝶野にそう言ってもらいたかった。好きな男に綺麗だと思われて、抱かれたい。そんなことにすがりつく自分がひどく惨めに思えて、じわりと涙がにじみだす。
夢見ていたのと現実は、あまりにも違っていた。
それでも、夢をかなえたい。蝶野のものになりたい。
「綺麗です。……お姫さま」
蝶野によって発せられた『お姫さま』という単語が、胸にざらりとした違和感を残した。どうしても、そんなふうに呼ばれることに引け目を感じずにはいられない。
──だって俺は、『お姫さま』じゃないから。
その美しさによって王子さまに求愛される童話の中のお姫さまと、今の自分を重ねることはできない。
蝶野の声からは皮肉気な響きは感じ取れなかったが、嘘が見破られるのが怖くて、弓瑛はぎゅっと目を閉じた。
そんな弓瑛の頬をなぞる蝶野の指の動きは、幼いころに馴染んでいたもののように優しく感じられた。
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