愛しのいばら姫

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本価格:737(税込)

書籍紹介

 心の一部が、甘く崩れていく音がする。

トップモデルの美山は、母に顧みられず育ったため自身の美貌を商品としか思えない。世間の評価とは裏腹に空っぽな自分──過去の恋人の裏切りで、その思いは一際強くなった。愛されることを諦めた方が楽で、毒舌は鎧なのだ。けれど、新鋭デザイナーの久保田は、そんな美山をおおらかに受け止めてくれる。いつしか彼の優しさが染み入って、心の奥底で眠る感情を目覚めさせ……。

立ち読み

 「なんて顔してんだよ」

 心配そうな久保田と目が合った。
「どんな顔?」 
「すげえまずいもん食ってるみたいな顔」
「……ふうん」
 憮然としていると眉間の上で久保田の指がやんわりと円を描きはじめる。こわばっていた場所がじんわりとほぐれ、身体から力も抜けていく。抜けていくことで全身が力んでいたことに気づく。すっかり美山が脱力してしまうと、久保田は枕元に落ちているカメリアの花を拾った。
「ほら、『NIKKA』特製おまもり。今夜はいい夢を見られますように」
 白い大輪の花をまた美山の耳に挿す。
 かさり。耳元で布地の花びらがこすれる音がする。
 ──やっぱり、こいつはひとたらしだ。
 不機嫌そうな美山に穏やかに目を細め、久保田はベッドに腰かけたままクロッキー帳を手に取った。自分が眠っていた間、ずっと花を縫ったりデザイン画を描いていたんだろうか。
 ──俺の中の美山靫彦はこうなんだよ。
 可憐で、無防備で、丁寧で、ぽかーんと幸せになれる服の絵。
 馬鹿な男だ。こいつはなにもわかっていない。けれど嫌な気分じゃない。
「ほら、もう寝な」
 耳触りのいい低い声。
「……うん」
 目をつぶると、さらさらとペンが紙をすべる音だけが聞こえる。
 小さく動くと、耳元で手作りの花のかすれる音がする。
 なんだかとても心地よく、とろりと葛湯みたいな眠りに落ちていくのを感じた。
 
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