恋の味

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本価格:628(税込)

書籍紹介

さっき、お腹いっぱいにしてあげたでしょう?

初めて訪れた酒場で店主の丈太郎と出会った芳人。人見知りなはずだったが、その料理を食べた途端すっかり彼に懐いてしまった。それほど好みの味だったのだ。その後、自然と休日を共に過ごし、食事を作ってもらうようになっていく。年下なのに、さりげない気遣いをする丈太郎との時間が嬉しくて仕方なかった。そんな時「あなたと、つきあっているつもりだから」とキスされて……。

立ち読み
 多少の照れくささはあるものの、親密度が増した気がする空気の中で、丈太郎が作ってくれた料理を口にする。
そういえば二人で共にするのはいつもランチだったから、夕食を一緒に食べるのは初めてだった。
──初めてのことばかり。
丈太郎との『初めて』は、これでいくつになったのか。もう数えるのが追いつかないくらいだ。
「デザートには桃をむいたよ。フォーク持ってくるの忘れたけど、……手でいいか」
一旦ソファに腰を下ろしてしまったら、芳人も立ちあがるのは億劫だった。
あたりに甘い香りが漂う中で、丈太郎が差し出す桃を指から食べる。彼が、その様子をじっと見ていることを意識しながら。
さっき肌をあちこち刺激した彼の指の硬さを、芳人はすでに知っている。
それを受けとる唇のやわらかさを、丈太郎も知っている。
二人の間を行き来する桃は、食べ物とは別の、互いの身体から溶け出したもののように感じられた。
「甘くてとろける、すごくおいしい」
「うん。芳人さんにこの桃、食べさせたかった。……あとイチジク食べさせたいな。ブドウも。食べてるところ、見たい」
ほかの人の前だと緊張気味で近寄りがたいオーラを出してる感じの芳人さんが、俺の前では素の顔で幸せ全開になっているところを見るのが好きなんだ、と。
丈太郎は、自分のほうがとろけそうに甘い顔になって、芳人を見つめながら言う。
──不思議だ。
ああいう行為を共にした相手とは、そのあと気まずくなりそうなものなのに。
素直に身を任せ、甘えてもいい相手だとわかったからか、以前よりも一緒にいるときの安心感が増している。
「なんでだろう。……丈太郎とだと、苦手だと思っていたことが全然平気でできたりするのは」
「それは俺が芳人さんの特別な相手だから」
そんな言葉をやさしく言ってのける男と、自分は、これでつきあっていることになったのだろうか。
「……これで僕ときみは恋愛関係?」
「芳人さんの好きなように思っていいよ。とりあえず、俺がつきあっている相手はあなただと思い込む許可はもらえるでしょう」
そんな下手に出るような言い方をされたら、なんと答えればいいのか。
「きみとつきあうと、おいしいもの食べさせてもらえるし」
「お得だよ。恋はまず胃袋から攻めるべきって、誰が言ったか知らないけど、真理だね」
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