覇狼王の后 下

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本価格:759(税込)

  • 本販売日:
    2018/12/10
    ISBN:
    978-4-8296-2657-3
書籍紹介

ここが私の、帰るべき場所

隣国に侵略された戦乱の中、傭兵で妾腹の王子でもあるヴォルフに囲われた神官のアリーシェ。
両性の身体を暴かれ、后として執愛を注がれる。
屈辱しか感じないはずだったが、自分だけに執着する彼に心を開きかけていた。
けれど策謀により王都へ誘拐され、執務官である隣国の王子の後宮へ入れられてしまう。
アリーシェを奪われたヴォルフは、まさに悪魔の如く王都へ進軍し──。

立ち読み

「ど…、どうして、こんなことを…」
 やっとまともに言葉を発せたのは、ヴォルフが私室として使っているのだろう部屋に連れ込まれ、寝台に押し倒された後だった。扉が閉まった直後、堪えかねたように唇を貪られたせいで、すでに息は上がっている。
「……初めて、礼を言った」
「えっ…?」
「……初めて、だろう。お前が、俺に礼を言ったのは……」
 朱を注いだ端正な顔を、アリーシェはまじまじと見上げた。
 思い返してみれば、確かにアリーシェがヴォルフに礼を述べたのは、さっきが初めてだったかもしれない。でも、たかが礼くらいで、そこまで動揺するものか? 計略を駆使し、たった一日足らずでティルファを陥落させた勇将が?
 ……ああ、でも、そう言えば……。
 秘所を執拗に舐められ、初めて快感に涙を流したあの時も、ヴォルフは初心な少年のように赤面していた。ソルグランツ全土に覇狼王が降臨したと勇名を轟かせつつある王兄ヴォルフレクスともあろう者が、アリーシェの一挙一動にいちいち過敏に反応し、振り回されるなんて──。
「…ありがとう、ヴォルフ」
 何だかくすぐったくなって、アリーシェは再び感謝の言葉を舌に乗せた。
 眼差しを絡めながら、至近距離で囁かれたそれは、予想を超える激しさでヴォルフの心を揺さぶったらしい。うっ、と苦しげに呻いたかと思えば、アリーシェの薄い胸にへなへなと突っ伏してしまう。
「……魂を、持って行かれるかと思った」
 心配になるくらい黙りこくった末、やっと漏らした一言がそれだったので、アリーシェはつい笑いを漏らす。
「そんな、大げさな…」
「違う。お前はわかっていないんだ。お前の笑顔がどれほど貴重で、清らかで美しいのか…お前に優しい言葉をかけられるだけで、天にも昇る心地になれるのか…」
 ヴォルフは寝台に散らばる黄金の髪を手繰り寄せ、そっと匂いを吸い込んだ。ずっと地下で動き回っていたのだから汗臭いだろうに、紫の双眸は恍惚に蕩ける。束の間、これまで受けた仕打ちの記憶を霧散させてしまうほど、甘く蠱惑的に。
「──愛している」
 強引にまぐわった後、数え切れないほど捧げられてきた告白が、今日に限ってアリーシェの胸にさざ波を起こす。今まで、何を身勝手なと、理不尽さと怒りしか感じなかったはずなのに。
「初めてお前を見た時…、俺はこの世に生を享けた意味を知ったんだ。お前を愛し、この手で守る…そのために、生まれたのだと…」
「…あ、…っ…」
 堪えきれない、とばかりにうごめき、アリーシェのローブを引き裂く手には、見覚えのある白い手巾が巻かれている。ところどころ付着した汚れや血痕──指揮官自ら最前線に立ち、その手で敵兵を倒した動かぬ証拠を懺悔するかのように、ヴォルフは露わになった白い素肌に口付けた。
「…泣かせたいわけじゃない。いつも、笑っていて欲しいんだ」
「…う、あぁ…っ、あ…」
「どうすればいい? …何を捧げれば、お前はさっきみたいに笑ってくれる? 俺の腕の中で…」
 破れたローブを剥ぎ取る手も、無遠慮に押し付けられる熱く硬い股間も成熟した雄のものなのに、濡れて縋りつく紫の双眸だけが赤子のように無垢だ。
 その瞳が、アリーシェを一瞬だけ過去に引き戻す。まだヴォルフと何の確執も無かった頃、毒に苦しむこの男を必死に看病していた…あの夜に。
 生と死の狭間をさまよいながら、アリーシェの手を握って放そうとしなかった。鮮血の異名をとる傭兵だったヴォルフと、救国の英雄と讃えられ、王族のみに許される黒の軍服を纏った今のヴォルフは、どこも変わりはしない。どちらのヴォルフも、求めているのはたった一つ──アリーシェだけなのだから。
『お前のためなら、俺は世界だって手に入れてみせる』
 その宣言を、かつてのアリーシェは信じなかった。王の子でありながら不遇を強いられてきたヴォルフが、王国を手に入れるためにアリーシェを利用しているのだと…そうとしか思えなかった。やみくもに精を注ぎ、子を孕ませたがるのも、単に逃げられなくするためだと。
 でも、アリーシェが礼を述べただけで容易く乱れるこの男は…まさか、本当に…?
「……あぁ…っ…」
 とくん、と肯定するかのように、身体の奥で何かが脈打った。ゆっくりと広がっていく未知の感覚に促され、アリーシェはやおら手を伸ばす。
「う、……」
 少し癖のある黒髪を指先で梳いてやった瞬間、ヴォルフは面白いくらい硬直した。アリーシェの素肌を這い回っていた手も、不可視の鎖に縛められたように停止している。
「…あ、…アリー、シェ…」
 ……何だか、可愛いかも……。
 途方に暮れた幼子めいた表情が、豊かとは言えないアリーシェの悪戯心を刺激した。アリーシェは好奇心の赴くまま、指を黒髪からよく陽に焼けた浅黒い頬に滑らせる。
「っ…、んっ…」
 思わず、といったふうに漏れた呻きはどこか艶めいて、アリーシェはますます興に入った。戦場暮らしが長いとは思えぬほど滑らかでしっとりとした肌を撫で回し、存分にその感触を愉しむ。
「…こ…、ら、アリーシェっ…」
 そのたびに男らしい唇から零れる喘ぎや、びくびくといたいけに震える喉仏が、アリーシェにはひどく新鮮に映った。もう数え切れないほどまぐわってきたが、考えてみれば、アリーシェからこうして積極的に触れるのは初めてなのだ。
「…この…っ、お前は、…もう…!」
 されるがままに甘んじていたヴォルフは、唇をアリーシェの指がかすめるや、堪えきれずに咆哮した。
「や、あぁ…っ?」
 素早く抱き上げられ、くるりと視界が回る。とっさに瞑っていた目を開けると、仰向けに横たわったヴォルフに跨らされる体勢を取らされていた。頭一つ以上長身のヴォルフを見下ろすのもまた、滅多に無い光景だ。
 だが、それを堪能する余裕など、アリーシェには与えられない。
「…は…ぁぁっ、あん…っ…!」
 両の脇腹に這わされたヴォルフの手が、なだらかな輪郭を辿り、僅かばかりの肉を胸に寄せ上げる。微かに盛り上がった双つの膨らみは、本物の女性とは比べ物にならぬほどささやかなはずなのに、ひどく淫靡に見えた。

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