こじらせまくった長い長い恋の話
抱かれて、分かったことがあった。
十年間、親友の宇喜多に口説かれ続けている男子校教師の入江は、男同士なんて不毛だと相手にしてこなかった。
だが婚約者に去られ、教え子に淡い恋心を向けられたことで、その頑固な倫理観が揺らぐ。
宇喜多もまた、どこまでも自分の想いを拒絶する入江に悲しみと憤りが募ってしまう。
“親友”という温い関係に安堵していた入江に、本気を思い知らせようと唇を奪い貪って……。
「オレとのキスは嫌かよ?」
「嫌もなにも……愚問だろ、それ」
相変わらずの倫理観が突き出される──大人の男とのキスには、なんの意味もないと言い切るわけだ。
正しすぎて、ロマンの欠片もありはしない。
(オレを他と一緒くたにしないでくれ、ずっと側にいたんだぞ)
宇喜多は溜息を吐くことで自分を落ち着かせようとしたが、悲しみと憤りがないまぜになった熱の渦が心の中で膨らんだ。
(その気はないのは分かっちゃいるが、そう簡単に諦めきれるかよ。こっちは十年もんの恋だ、とっくに発酵しかかってるんだ)
もう生殺しのお預け状態を楽しむのも限界だ。
プツッ!
宇喜多の中でなにかが切れた。
(わ、やっば……!)
そう心の中で呟いたときには、すでに入江をその場に押し倒していた。
彷徨う掌が目指していたのは入江の股間だ。
逃れようと入江は必死で腰をのたうたせているが、それを哀れに思う以上に、自分が長い間抑えつけていた欲望が哀れにすぎて、今どうしても解放してやりたかった。
萎えているものを布越しに捕らえ、少々手荒にこねくり回す。
「や、やめろっ」
無粋なセリフを吐いていやいやする顎を掴み、強引な口づけを浴びせかけた。
「味わえ。学生時代は生意気にいろいろ試してみたが、今はウィンストン・キャスターに決めてんだ。ちょっとバニラの甘い香りがするの、分かるか? タバコ味のキスに馴れれば、他のは物足りなく感じるらしいぞ」
深く、もっと深く…と唇を重ね、逃げを打つ舌をようやっと搦め捕ると、宇喜多は入江の首が仰け反るほどに一気に舌を吸い上げた。
宇喜多の袖を掴んでいた指が、強張ったままですとんとシーツに落ちた──お手上げと言わんばかりに。
「う…ぐっ」
喉で尖った音を立てた後、入江の目尻から透明な涙が零れた。
そのしょっぱい水を唇で受け止めながら、宇喜多は平静さを取り戻した。
「苦しいか? …くないわけ、ないか。大人しくしてれば、優しくしてやってもいい。この際、オレがそう悪くない男だってこと、身体で知ってくれ。な?」
入江はうんともすんとも言わない。
宇喜多はその頬を軽く叩いて、首筋に顔を埋めた。続いて、耳たぶを軽く噛んでみるが、入江は身動ぎひとつしなかった。
股間をまさぐっても同じだった。
(意地を張っているのか、それとも気が動転しすぎているのか)
宇喜多は入江の下着ごとパジャマのズボンを引き下ろし、躊躇いなくその部分に手を伸ばした。
薄めの下生えの中に、いまだ薄桃色を保った性器が小さく震えていた。
「……可愛い、な」
思わず呟く。
掌で包み、全体をあやすように扱いてやった。
入江はなかなか反応しなかったが、宇喜多はさして慌てなかった。色や形、手触りを楽しみつつ、辛抱強く単調な上下運動を繰り返す。
わずかながら温度が変わったのを感じたとき、ここまでじっとしていた入江が腰を引こうとした。
しかしながら、宇喜多が華奢な入江を押さえつけるのは造作もない。
「う、宇喜多ぁ……」
呻くように呼ばれた。
やめろという懇願を受け入れる気はなかったが、返事だけはしてやった。
「はいよ」
少し強弱を加えて動かし始めると、たちまち半勃ちの状態になった。
「オレはここらへんが感じるんだが、お前はどうよ?」
言いながら、指の腹でくびれの部分を辿る──出し抜けに、力強い脈動が始まった。
先端がザクロ色に凝れば、完璧に勃起するまでいくらもかからない。
「悪くないだろ? ……それなら、ここはどうかな。オレと同じなら、きっと感じてしょうがないぞ」
潤い始めた先端を指の腹で撫でてから、鈴口を爪の先で刺激する。
「う、ああっ……」
堪らず、入江は悲鳴を上げた。
宇喜多が思っていた通り、入江は自分の身体が奏でる快感に馴れていない。
(これだけ敏感なのに、勿体ないことを……)
彼の歴代の女たちはなにをしてきたのだろう。
いや、彼女たちが悪いわけではない。
受身の身体を持ちながら、必死に主導権を握って放さなかった入江をみんなが尊重してやった結果なのだ。
「も…もういい、分かった──わ、分かったから。あ…ううっ、宇喜多……もうやめてくれよ。頼むから」
「なにを分かったって言ってるんだろうな」
「……これ以上は、も、もう──」
「達っちゃうか?」
宇喜多は素早くずり下がり、入江の股間に顔を埋めた。
「な、なにを…!?」
絶句する入江を面白がりながら、宇喜多はくぐもった声で言った。
「なんだ、フェラは初めてかよ」
「そ、そんな……風俗の女がするようなこと、な…なんでお前が?」
「お前を気持ち良くしてやりたいからだろ」
「き…気持ち良く、なんか…──あ、ああっ!」
幹を舌で舐め上げただけで、入江は身を竦ませた。
唇をすぼませながら先端を出し入れしつつ、ときどきは舌先で割れ目を突っつく。
しかし、テクニックの全てを披露するまでもなかった。
呆気ないほど速やかに、入江のクライマックスは訪れた。
あばらの浮いた胸を大きく上下させ、震える長いばかりの太腿で宇喜多の顔を挟みつけながら、入江は宇喜多の口の中に放った。
「こ、こんな……!」
本人としては絶望の呟きだったのかもしれないが、宇喜多の鼓膜は甘く痺れた。
全てを飲み下した上で、入江がすっかり萎えきるまで未練がましく舌を動かしていた。
宇喜多がやっと起き上がったとき、入江はまだ両手で顔を覆っていた。その姿は怯えきった幼い子供のようにいとけなく、哀れだった。
縺れた髪を丹念に撫でてやった。
しかし、もはやなにもなかったことにするつもりも、させるつもりもない。たった一回の戯れに終わらせる気ももちろんなかった。
「お前さ、女との恋愛は向いてないよ。美少年との恋愛だって同じことだ。そんなことは、ホントはとっくに分かってるんだろう? お前は誰かを守るよりも、守られるほうがいいんだ。それを認めるのも勇気だと思うがな」
顔を背けながら、入江が答えた。
「そ…そんなこと、認められるか。僕は男なのに……」
声は震えていた。
「ああ、男だよな」
そこを否定するつもりはない。
宇喜多は項垂れている入江のそれを指で軽く叩いた。
紛れもなく、宇喜多と同じ器官を持つ男の身体──それなのに、それを目にしても怯むことはなかった。
それどころか、無性に愛おしく思った。
触りまくった。
抱きたいと思う気持ちはいや増すばかりだ。
男が男に惚れるのがおかしいと言うなら、宇喜多をこんな狂おしい気持ちにさせてしまう入江の存在こそが異常だろう。
いまだ両手で顔を覆ったまま、入江は疲れ切ったように言った。
「お前、もう帰れよ。こっちから連絡…──」
つれないセリフは聞きたくなかった。
宇喜多は入江の一方の手をその顔から引き剥がし、実はまだ興奮冷めやらない自分の股間に強く押しつけた。
「最後までやらなかったオレの気持ちを少しは汲んでくれ、な?」
入江は今にも泣き出しそうな顔つきで宇喜多を見上げた。
いや、泣いていた。
熱いものに触れたかのように慌てて引っ込められた手は追わずに、宇喜多は静かにおやすみを言って部屋を出た。
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