渇命
書籍紹介
この身は、愛しい犬に喰われる贄(にえ)──
「犬になりたい」と縋りつく人気俳優・達幸の恋人兼、飼い主となった明良。他の雄に奪われることを危惧した達幸に監禁されたものの、どうにか解放され、マネージャーとして公私ともに彼を支えようとしていた。だが、そんな明良に達幸の独占欲と執着は増すばかり。隙あらば二人きりの“完璧な楽園”に閉じこもろうとする。日に日に、達幸の双眸に揺れる仄暗い光は強くなり……。
立ち読み
「……ちゃん、…あー……、ちゃん……」
予想した通り、達幸の姿はクロゼットの中にあった。
開いた扉の影に隠れてそっと窺えば、ぼんやりとした灯りの中、胡坐をかき、勃起した雄を右手で扱き立てる達幸が浮かび上がる。左手に握られているのは、明良が贈った黒革の首輪だ。
「ううう…っ、あーちゃん…足りないよ、あーちゃん…もっと、もっとあーちゃんが欲しいのに…俺はあーちゃんさえいれば、他はどうなったって構わないのに…どうしてあーちゃんは、わかってくれないの…」
精液を纏った雄がたてるぐちゅぐちゅという生々しい水音に、啜り泣きが混ざり合う。達幸の視線が注がれているのは、今にも暴発せんばかりの自分自身ではなく、黒革の首輪の方だ。青い目にはあの暗い光が滲み、薄明りの中で異様なほど爛々と光っている。終始和やかだった夕食の時とは別人のような有様に、明良は戦慄する。
「舞台なんてやりたくない…、他の雄に見せたらあーちゃんが穢れちゃう…。毎日いっぱいしてるのに、あーちゃんはどうして俺のこと、妊娠してくれないのかな…せめてあーちゃんのおなかがいつもおっきくなってれば、みんなすぐにあーちゃんが俺の飼い主ってわかるのに…もう、いっそ…」
雄を扱く手がぴたりと止まり、嗚咽も治まった。不吉な沈黙が不安をかきたてる。まさか覗きがばれたのかと心配になったが、達幸は纏わり付く何かを振り払うかのようにぶるりと首を振った。
「…駄目、駄目。またあんなことしたら、駄目。あーちゃんは俺の舞台が見たいって…だから、頑張らなきゃ…タツよりも可愛い、一番いい犬なんだから、頑張らなきゃ…」
そこで明良はそっとその場を離れ、足音を忍ばせてベッドに戻った。あれ以上、切なげな泣き声を聞いていられなかったのだ。
──明良を再び監禁したいという達幸の欲望は、確実に大きくなっている。かつて達幸の独占欲を甘く見ていた明良が、マネージャー補佐に名乗りを上げた時と同じように。違うのは、達幸の中に欲望を押し止めるものが存在することだ。
それもまた、明良に対する愛情…欲望が姿を変えたものに他ならない。なんて皮肉なのだろう。
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