キャラフェ 改
あなただって、兄が欲しいでしょう?
慎ましく過ごしている友人の圭一。薙久はそんな彼が大切だった。圭一もまた、薙久のことを大切に思っていた。友人として。二人ともそれ以上を求めてはいなかった。ところが、圭一が弟である馨に請われて抱かれた時から、その関係は変わっていく。熟れた身体の圭一を目の当たりにした薙久は、おののく彼の肌に触れて恋を思い知らされる。全部が欲しいとは言えないけれども──。
アパートメントに戻ると、二人きり、という状況に慣れず、薙久は照れくさかった。
彼を抱いても良いんだろうか…?
シャワーを浴びて出てきた圭一はローブ姿で、気にしたふうもなく、髪をタオルで乱暴に拭っている。
当然の様になっている、この部屋での、交情───。
目の前に立った友人に、圭一は顔を上げる。
問う視線に、薙久は前髪を掻き上げた。
「俺は、お前を抱いて良いのかな…?」
とりたてて考える事もなく、そのつもりだった圭一は、改めて言われて赤面した。
薙久は苦笑し、自身も浴室に向かう。
熱めのシャワーを受けて乱暴に顔を拭いながら、不安になった。
馨は、不在にする事を彼に何も言っていかなかった。
だから、試されている様な気がする。勿論、ずっと顔を出せずにいた薙久に伝えられなかっただけかも知れないが。
幾分長めの入浴を終えると、圭一は寝台の端に所在なげに腰を乗せていた。
ひとり足りないのが、こんなにも妙に思えてしまうとは。不健全だ。
手にしていた水のボトルを貰い、少し喉を湿す。
口付けると、圭一の舌も水に冷えていた。
さぐる様にやわらかな口付けに、圭一は戸惑う。
誰かの視線がない事が、恥ずかしい筈はないのだけれど。
弟の姿がない事が、彼をひどく心許ない気分にさせた。
ひとりで薙久と向き合って。傾きにバランスが取れなくなってしまう、微妙な加重。数粒の砂、数滴の滴。
ローブを割る手の動きが、意識されてならない。
悪戯する様に胸に触れられて、じわじわと追われる。
唇がそれに荷担して、生乾きで冷えた髪が肌の上を動く。圭一は手を掛けて薙久の腕の動きを邪魔した。が、薙久が笑う気配が濃厚になっただけだ。
歯は急所を逸らして内股の柔らかい場所にうすい跡をつけ、圭一を焦らす。
あからさまな快感を眼前にして、薙久は身を浮かせた。ずり上がって、相手の表情を見やる。
膝をひらかせて猛ったものを下腹に擦り付けると、あ…という掠れた声が上がった。指を奥へとやると、その声はもっと高くなる。
腰を押し付け、繋げ。
声を堪える為にか、下唇に立てられた歯。
きつく腰を入れると、口許はほどけて、舌の赫さが覗ける。
のけぞり、息だけの声が、空を打つ。
うっすらと目を開けた圭一は、薙久の視線に気付いた。
瞶める目。
不意に赤くなって恥じる様に視線を逸らせ、圭一はシーツに頬を押し付ける。
また、歯は下唇を噛んでいた。
たかがカラダ。
されど、カラダ。
圭一を抱くこんな時間が、どれだけ薙久を充足させ幸福にしているのか、圭一は思いもつかないだろう。
オスというのはけだし単純な生き物だなと思わずにはおれない。
後ろめたさと同時に、薙久は馨に感謝する。
彼にとって、圭一は大事な人間だった。
関係を終わらせたくないが為に、友人以上へは踏み越えまいとしていた。自分の欲望に気づいてからもずっと。
淡い、希求。
若いままではいられないし、変化が訪れた時に、圭一の負担にはなりたくないと思う。だが、自分に踏ん切りがつけられるかどうか。
この、いつか終わってしまう、終わらせたくない関係。
退くか、退かれるか。
腰を解いて薙久は、彼の背を慰撫する。
「俺は、お前が、好きだ」
低く妙に硬い声に、圭一は伏せていた顔を上げ、友人を見上げた。
驚いた様な双眸に対して、薙久は微苦笑を泛べた。いくぶん、気弱に見える表情だった。
圭一は困惑げな後で、うすく笑む。そして、シーツを沈めている友人の腕を手の甲でかるく叩くと、気怠げに目を閉じる。
薙久は喉を鳴らし、覆い被さった。
「……重い…」
唸ったものの、圭一は彼の身体をどかそうとはせずに、背中に体重を受けるままにする。
項を辿る唇には、さすがに身動いだものの。
シーツの上に投げ出された手の甲に、薙久は手を重ねて指を絡めた。濡れた歯がやわらかく首筋から肩を咬む。
そのうちの一点に、圭一は息を詰めた。
薙久は、見付けたそこを何度も咬む。
「…っ…あ………」
掠れた声を真下に、薙久は陶然とした。
彼はシーツを掴み締める圭一の手を掬い上げ、人差し指の関節にじわりと歯を立てる。
馨が彼をエステティック・サロンに通わせていると聞かされた時には驚いたものだが、その成果はまず手に現れた。
よくマッサージされ、手入れされ、整えられた爪。なめらかな指。
顔や身体にそう歴然とした差が現れた様には見えなかったが、まだ若い肌だ。荒れたところがないのが成果だろうか。
そう考えて、薙久はこの身体を手入れする人間の存在に思い至り、むかっ腹を立てた。
うねる下腹に掌を這わせて煽り立てると、しぜん腰が浮いて、薙久を煽るかの様に動く。
濡れていて、ひろげられていた名残で、圭一の身体は薙久を難なく迎える。
彼を呑む熱い奥底をゆっくりと崩しながら、薙久はまた項の一点に歯を立てる。途端に、きつく搦め取られて、唸って堪える。
圭一を抱き始めてから、三人と関係を持った。けれど、誰も、彼にはなり代われなかった。セックスだけの関係でもいいからと言った人間もいたけれど、駄目だった。
貞節や貞淑さなどではない。
…夢中になれないから。
圭一は、彼を拒絶しない。
無言は、肯定。
頑張ろう。
いますこし。
今は、自分に自信が欲しい。
圭一の愛情が、多分に弟に傾いているのは仕方ないから。
でも、せめて、彼の半分を占めたいという欲はある。
全部が欲しいとは、言わないから。せめて。
- プラチナ文庫
- 書籍詳細