家に帰って一人で泣くわね
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本価格:682円(税込)
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- 本販売日:
- 2016/04/11
- 電子書籍販売日:
- 2016/05/20
- ISBN:
- 978-4-8296-2611-5
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書籍紹介
やだわ、アタシ……恋でもしてるみたい。
ゲイでオネエの高坂は、会長令嬢に憧れている同期の佐々木に、女心のレクチャーをすることに。上昇志向が強く仕事では優秀な佐々木だけど、恋には不慣れで野暮ったさが目立つ。そんな彼にレクチャーして、いい男に変身させるのは楽しかった。だけど、佐々木の純粋さにときめいても、傷つく恋ばかりしてきた高坂は自分に言い聞かせる。惚れちゃダメよ、ノンケなんだから──と。
立ち読み
「……アンタ、キスしたことあるの?」
女性と付き合うのは、彼女が初めてだと言っていた。だからこそ、ここまで高坂に細々と教えを乞うてくるのだ。
高坂は胸に企みを秘めて、そっと店内をうかがう。
ここは二人がこんなふうに頻繁に会うきっかけになった店だ。
土曜日だからか、店はまだ空いていた。佐々木と好きなだけ話ができるように、一番奥に席を取っている。他に客はおらず、おかわりが来たばかりだから、店員はしばらく来ないだろう。今がチャンスだ。
高坂は佐々木の横の椅子にそっと移動した。内緒話をするように身体を寄せると、吐息がかかるほどの近距離に佐々木の顔がある。高坂の好きな、男っぽい太い眉に、逞しい鼻梁。少しぷっくりとした、エロさの漂う唇。今はその佐々木の目が、驚いたように高坂を見返してくる。これほどの位置に他人の顔があるのが落ち着かないのか緊張が見てとれるが、佐々木のほうから身体を引くことはない。高坂が何もしないとでも思っているのだろうか。
そんな佐々木の肩に、高坂は手を乗せた。より顔を近づけながら、その目をのぞきこんでみる。
「どうなのよ? キスしたこと、あるの? ないの?」
「ない」
「だったら、試してみる?」
本気だった。練習代わりと称して、佐々木の唇を奪ってやりたい。その思いが止められずに暴走し始めている。
高坂にとって、キスは少しだけ特別だけど、それ以上のものではなかった。酔っぱらったときや可愛い子に出会ったとき、軽い気持ちで唇を奪ったこともある。佐々木もこんなにもおいしそうな唇をしているのだから、一度は味見させて欲しい。どんな味がするだろうか。たまには、こんな役得もあっていい。
「アタシで、練習してもいいわよ」
身体を離さないまま、囁いた。
高坂の顔は女性には見えないが、あまり男っぽさもないだろうから、さして抵抗はないはずだ。
ようやく高坂の意図を察したのか、佐々木は焦って腕から逃れようとした。
「いや、その……っ」
その態度に、逆にそそられる。
佐々木にとってキスは神聖なもので、そこらの男に酔狂で奪われるわけにはいかないのかもしれない。だが、そんなふうにされると、ますますキスしたくてたまらなくなってしまう。
高坂は腕に力をこめ、顔を突きつける。
「失敗したくないんでしょ?」
こんなときの魔法の呪文を、高坂はいっぱい持っていた。目で呪縛しながら、すかさず囁く。
「初めてのキスが、失敗せずにうまくいくなんて甘い考えよ? そうじゃないの。あらかじめ顔をねじっておかないと、鼻とか、歯とか、ぶつかるの。アタシが初キスをしたときとか、悲惨だったわ。思いきり前歯ぶつけて、……痛くて、涙出た……」
佐々木がそんなケースを想像したのか、もがくのをやめた。それを敏感に察した高坂は、誘惑を重ねる。
「緊張しているから、顔をねじるべきってわかってても頭が回らないのね。だけど、一度キスしておけば、きっとうまくいくはず……」
「やっとく」
男同士でキスすることよりも、初キスで失敗することを怖れたのか、開き直ったように佐々木が言った。向き直った佐々木の手が、高坂の顎に伸びてくる。
それだけで、何故だか鼓動が大きく乱れた。自分から仕掛けたことなのに、どうしてこれほどまでにときめくのか、高坂にはわからない。キスなど嫌というほどしているはずだ。なのに、近づいてくる佐々木の顔を、ただ見ているだけで精一杯になるほど、ドキドキで胸が埋めつくされていた。
佐々木のほうも緊張しているのか、指先が震えているのがおぼろげにわかる。さらにゆっくりと佐々木の顔が近づき、ギリギリのところで鼻や歯がぶつかるのを回避するために、顔をねじったのがわかった。
高坂はギュッと目を閉じた。そうすることしかできないぐらい、異様な興奮とときめきに満たされている。その直後に、佐々木の唇が自分の唇に触れた。
「……っ」
その柔らかな感触に、頭が真っ白になるぐらいの電流が高坂の全身を駆け抜けた。
たまらない興奮に満たされながら、高坂はもっと唇の感触を感じ取りたくなって、佐々木の首の後ろに腕を回す。まだ終わらせたくない。この甘い唇を、もっと味わわせて欲しい。
そんな思いに駆られたまま、舌先で佐々木の唇をなぞった。ぷっくりとした造形を楽しみ、誘いこむように唇の狭間まで移動させる。佐々木の唇がその動きに驚いて開いたタイミングを逃さず、舌をねじこんだ。
「……わ……っ!」
だがそのとき、仰天したように佐々木の身体がすくみ上がった。高坂はハッとして唇を離した。
目を開くと、すぐそばに耳まで真っ赤になった佐々木の顔がある。高坂のほうも、同じような顔をしているのかもしれない。初めてのキスのようにキスに夢中になっていた自分に気づかされて、そのことに高坂は狼狽する。
だが、目が合った途端、佐々木は気まずそうに視線をそらせた。
そんな反応に、高坂は自分を取り戻す。ここは深追いしてはならない。佐々木にとっては、彼女とのキスに失敗したくないがための、犠牲のキスでしかないのだ。だからこそ、高坂もこれが伊達と酔狂でしかないと伝えるために、艶然と微笑んだ。
「ごちそうさま。もっと予習したくなったら、いつでも付き合ってあげるからね」
「いや、……その……」
唇に濡れた感触が残っていたのか、佐々木が身体を引いてから、ごし、と唇のあたりを拳で拭う。その仕草が、やけにズキリと心に突き刺さった。そっとうつむいた高坂に、それが失礼なことだと気づいたのか、佐々木が動きを止める。
──気にしないで、いいわよ。
高坂は心の中でつぶやく。
男に唇を奪われるなんて、一般的には悪夢でしかないはずだ。そんなことぐらい、わかっている。
だからこそ、あえて何でもない顔をして、また顔を突きつけた。
「何? もっとしたい?」
「いや、いい。もう十分……」
臆した態度の佐々木を笑い飛ばし、高坂はバーボンを飲む。自分はこんなキャラでいい。そうでないと、佐々木は気楽に相談してくれないだろう。
だけど、佐々木のドギマギした表情が瞼に灼きついて消えなかった。
好きになってはいけないと、そんなのは不幸になるだけだと、高坂はあらためて自分に言い聞かせた。
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